工学について考える
建築を学ぶ前段として、工学とは何かを考えよう。その世界(社会)には守らねばならないルールがある。これを倫理綱領という。しかし、世界共通の倫理綱領はない。お互いに背反する場合も少なからずある。工学者(技術者)としての行動規範・理念はどうあるべきであろうか。建築士としての行動規範はどこに求めるべきであろうか。自分が信じてきた規範が、企業の倫理綱領と相反した場合はどう対処していくべきであろうか。コンプライアンス(法令遵守)が求められている現在、相反綱領は極めてやっかいな問題である。
建築を初めて学ぶ学生を対象に、建築の理解のしかた、建築学の広がり、建築の職能、建築の基礎知識などについて、「建築とは何か」を総合的に教育する科目として【建築序説】が用意されています。同科目で岡田が担当した2015~2018年度の配付資料を再掲します(講義用ホームページ\建築序説\工学の倫理綱領と同じ資料です)。
工学的防災の方法論について考える
災害リスクを減らすには、まずその仕組みを知る必要があります。
本論において、まず災害リスクの定義について解説し、それに基づく工学的リスク制御の方法を対策の時間軸-災害の因果軸ー対策の主導軸から解きほぐし、災害対策は3軸による多重性と、各軸内での深層性が重要であることを特記しています。また自然災害の本質は不平等性が際立つことであり、種々のリスク格差を認識することが重要と考えます。
「愛の反対は憎悪ではない。無関心である。」これはマザー・テレサの言葉として知られています。私は、防災対策を含め物事の戦略を図る際の最悪のイデオロギーは「無関心」だと思います。“あること”に対する無関心は、その人の人生・その社会からその“あること”の存在を抹消し、課題・目的・計画いわゆるその“あること”に関するアジェンダがテーブルに上がってきません。リスクも同様、まずはリスク認識[Perception]
が端緒です。次にそのリスクの本質にアプローチするリスク理解[Comprehension]、正しい理解に基づき自らの弱点をあぶり出すリスク評価[Assessment]、そして弱点克服のためのリスク対策の実践統括[Governance]と続きます。P-C-A-Gこの順番がリスク対策の基本です。管理のPDCAサイクルはよく知られていますが、その前提としてPCAGステップを提案します。
防災のこれからの方向性を科学哲学から考察する
私が提示したテーマは「これからの防災を考える」というものです。
まず、このような問題提起に意味があるかどうかを、検証考察することから始めています。これは学問・研究とは何かという根源的問題であり、古くより科学哲学という分野で議論されているものです。大学の初等教育の段階(全学教育課程)でカリキュラムに入っていることが多いので受講した学生もいるとは思いますが、私は工学という立場でこの問題を論じてみました。
まず、動画を見てもらいたい。1本目は防災のこれからの方向性を科学哲学の視点で考察しています。2本目はその方向性を具体化するための私案を、当研究室のこれまでの研究成果を組み合わせることで実現可能な案として提案しています。構想は2020年の時点での技術に依っていますので、現段階ではさらに進んだ提案ができそうです。2本合わせて30分ほどの解説ですが、時間が短く、説明を大幅に省略せざるを得なかったため、理解が及ばないことも多いと思います。PPTの全コンテンツを説明しているわけでもありません。理解できない、分かりにくいと思ったことについては、遠慮なくメール等で質問してください。
1)科学哲学に関する解説動画(17分) 2) 複合災害対策のための自動巡回型UAVによる災害情報システム構想(8分)
動画再生は画面をクリックしてください。 動画再生は画面をクリックしてください。
動画の説明を総括し、その後に交わした質疑応答(Q&A)に補足説明したものが次のテキスト資料です。理解を深めるのに役立つはずです。
研究会終了後のリモート懇親会で司会の宮野先生から質問があり、そのやりとりがテキスト資料の最後にQ5&A5、Q6&A6の対論形式でまとめています。この議論は建築を超えた今の社会の問題に関わることであり、社会の仕組み・イデオロギーの理解をより深めるのに役立つと思います。研究のこれからの方向を考えるのみならず、日本人としてこれからの社会とどう関わっていくか、政治的な問題も含めて自分自身の問題としてこのような問題があること、どのように考えていくべきかということ、そのような議論の取り掛かりになってくれればと思います。
『学生へのメッセージ』
この動画は、我々の恩師である太田裕先生(私が所属した研究室-北海道大学工学部建築工学科耐震工学講座-を設立した初代教授)の提案で、2020年から始まった「地震防災の新研究会」で発表したものです。参加者全員が太田先生とはなんらかの師弟関係にあり、皆それぞれの分野でユニークな、時にエキセントリックに研究を進めている人たちです。なので、この研究会は今一番ホットな話題を、未完成のままお互いにぶつけ合い、問題の本質を明らかにしようという高尚な目的を掲げてはいますが、非常にフレンドリーな雰囲気で進行されているので、学生諸君でも気楽に視聴できると思います。
複合災害を考える
複合災害についての私見を述べます。近年、地球温暖化に伴い暴風雨・暴風雪の凶暴化や渇水の長期化など気候災害に他の災害(山火事・火山等々)が同時あるいは時間連鎖的に多発する、いわゆる複合災害が頻発してきています。なかでも、災害規模の大きさから地震災害が絡む複合化は外すわけにはいきません。下記論文は2020年度の東濃地震科学研究所報告書に投稿したものです。地震災害を中心においた複合災害にまつわる諸問題を論考しています。
さらに加えて、パンデミック・世界的経済危機・⾷糧危機・多発化している地域戦争やテロ等の世界的社会混乱期(サポート体制が全社会的に働かない時期)における⾃然災害の襲来。このように、単なる複合災害ではなく超複合災害(ハイパーマルチハザード)により瞬間的にかつ⻑期的に⽇本が世界から孤⽴化する恐れも視野に入れる必要があると思います。 ⽇本における通常の災害対策は定量的被害想定に基づいて対策の計画・運⽤(予算)が組まれる仕組みです。ハイパーマルチハザードに対しては、ハザードの種類の多さからそれぞれによる被害定量化研究が不⼗分であることに加え、ハザード条件(規模・場所・時間)及びそのハザードを受ける環境条件(被災対象が置かれている地理学的条件)の複雑さ・多様さ、そしてそれらを種々考慮した上で各ハザードの時間軸上での組み合わせ数を考えるとパターンの膨⼤さは想像を遙かに超えます。よって被害の定量評価は現時点では原理的に困難と言えましょう(AI活⽤により組み合わせ数の問題については解決の余地は残されているとしても)。対策はあくまでも定性的なシナリオライティング(正にパニック⼩説⾵)に依らざるを今のところ得ません。このようなパニック⼩説を下敷きにして⾏政が国⺠(住⺠)を納得させる災害対策計画(予算)を組むのは困難です。この事情(⾏政の仕組み)が、複合災害対策を難しくさせている⼤きな要因のひとつと考えます。ここを切り開き新たな選択肢を我々研究者は考えていかねばなりません。
上記論文【災害リスクの構造と工学的制御の方法】に示した私の地震防災対策を3軸で整理します(更新版)。
基本は多重対策です。3軸の多重性(Multiple Axes)、すなわち①時間で対策、②因果を断つ対策、③役割分担で対策をそれぞれ考えること。
そして各軸の深層性(Defense in Depth)を深める対策を考えることです。

私の主たる研究テーマを上図の左下【現象発生の時間軸】と【対策主導のレベル軸】の二軸で整理してみると以下のようになります。

この図の説明はこちら
それぞれの研究テーマと関連する論文との関係を示します(以下、未定稿です。時間を見つけて埋めていくつもりですが・・・時間が欲しい)。
*室内危険度判定・改善手法
室内の地震時の負傷危険度を、家具転倒危険性と揺れている最中の人間行動能力から算定する手法です。住人の行動能力は年齢・性別・時間帯・ライフスタイル・地震動の強さによって異なります。これらを加味して1m2ごとの負傷危険度を算定し、住み方改善の指針を提示するための研究です。
- 岡田成幸:地震に伴う室内環境変容と人的被害の発生危険性との関係 -1987年千葉県東方沖地震の高層建物の震度調査にもとづく-, 日本建築学会1989年大会 (熊本), 1989.
- Okada S.:Indoor-zoning map on dwelling space safety during an earthquake, Proceedings of the 10th World Conference on Earthquake Engineering, 10, 6037-6042, 1992.
- 岡田成幸:地震時の室内変容に伴う人的被害危険度評価に関する研究 -その1 居住空間危険度マイクロゾーニングの提案-, 日本建築学会構造系論文報告集, 454, 39-49, 1993.
- 岡田成幸:地震時の室内変容に伴う人的被害危険度評価に関する研究 -その2 1993年釧路沖地震にみる揺れている最中の災害回避行動-, 日本建築学会構造系論文集, 481, 27-36, 1996.
- 岡田成幸:往診型居室内地震危険度ゾーニング評価システムの開発, 平成6~8年度科学研究費補助金基盤研究(B)(2)研究成果報告書, 1-95, 1997.
- 出張小百合・岡田成幸:地震時における室内負傷危険度診断アルゴリズムの提案 -室内ゾーニング法と避難路ネットワーク法-, 日本建築学会大会梗概集, E-1, 1025-1026, 1999.
- 湊寛子・岡田成幸:地震時の室内安全基準に関する検討 ~平面計画からの提案~, 日本建築学会大会梗概集, E-1, 1027-1028, 1999.
【診断システムがホームページ上で試用できます】
当研究室開発のオリジナル版をベースとした機能限定の簡易版が(株)日立東日本ソリューションズから公開されています。
ここからお試しください。
*建物内死者発生メカニズム解明
地震で建物が壊れて人が死ぬ、こんな悲惨な出来事をなくすために地震防災はあるのだと思います。しかし、壊れた建物の中で何が起こっているのか、どのようなことで死者が発生してしまうのか、そのメカニズムの解明は不思議なことに研究されていません。そこの理解なくして、真の対策はあり得ないと思っています。まだ研究の緒に就いたばかりですが、一番ホットな話題です。
- 岡田成幸:地震時の建物内生存空間被災度の評価 1.考え方, 日本建築学会北海道支部研究報告集, 65, 81-84, 1992.
- 村上公一・岡田成幸:地震時の建物内生存空間被災度の評価 2.1985年メキシコ地震を例に, 日本建築学会北海道支部研究報告集, 65, 85-88, 1992.
- Okada S.:Description of indoor space damage degree of building in earthquake, 11th World Conference on Earthquake Engineering, 1/4 (CD-ROM) 1760, 1996.(指名論文)
- 髙井伸雄・岡田成幸:淡路島北淡町における死者発生の事例調査, 東濃地震科学研究所報告, 3, 13-16, 2000.
- 黒田誠宏・湊寛子・髙井伸雄・岡田成幸:1995年兵庫県南部地震における建物被害と人的被害の関係 -航空写真立体視手法による建物被害判定の利用-. 東濃地震科学研究所報告, 3, 17-18, 2000.
- 岡田成幸:建物内死者発生モデル, 東濃地震科学研究所報告, 3, 105-108, 2000.
- 岡田成幸・髙井伸雄:トルコ西部地震における建物被害と人的被害, 東濃地震科学研究所報告, 3, 211-214, 2000.
* 被害関数の構成
* 建物被害判定法
* 崩壊建物内救出救命法
* 街区パターンにみる防災手法
* 防災まちづくりに関わる研究
* 被害連関モデル構築
* 被害連鎖モデル構築
* 都市防災計画策定指針
* 地震動入力評価法
* 防災情報収集の加速要因
* 防災行政の応急対応指針
* 強震観測装置の開発
* リアルタイム地震動・被害評価システム
* 最適後方支援戦略問題
* トルコにおける地震調査事例